2019.3.10「自分の頭で考えて動く部下の育て方」篠原信

今週読み終えた本は次の2冊。

1「自分の頭で考え動く部下の育て方」篠原信(A)

2「鳥類学者無謀にも恐竜を語る」川上和人

まずは1について。

「優秀な人のもとでは部下が育たない、何故か?」そんな疑問に答えてくれる本。優秀な人ほど「自分でやったほうが早い病」にかかってしまい、結果部下を指示待ち人間に仕立て上げてしまいます。この本は「上司1年生の教科書」と副題がついているように初めて部下を持つ上司が注意しなくてはならないことを中心に書いています。しかし私のように長年上司を経験した者にとっても改めて考えさせられることの多い内容でした。まずは三国志に登場する諸葛孔明のエピソードをもとに、上司がいかにして考えない部下を作っているか、を述べています。この例えはすっと腹落ちしました。

孔明のエピソードから学ぶ

 孔明には奇妙な矛盾があった。劉備玄徳らと一緒に蜀を攻めていた時には、中々勝利を収めることができず「蜀にこんなにも人材がいるとは」と驚いていた。ところが孔明が蜀の支配者となり最後の戦いの頃には「蜀には人材がいない」と孔明自身が嘆いている。人材がキラ星のごとくいたはずの蜀から、人材が消えてなくなってしまった。何故か?

(1)孔明に死期が迫った頃、孔明から敵将の司馬懿(しば・い)に使者が送られた。司馬懿が使者に孔明の働きぶりを尋ねると、使者は「朝は早くに起きて夜遅くまで執務しておられます。どんな細かい仕事でも部下に任せず、ご自身で処理します」と答えた。

(2)「泣いて馬謖を切る」という故事がある。馬謖孔明が後継者と期待する超優秀な部下だった。ある時この馬謖に敵陣を攻略させるに当たり、孔明は「陣地を山上に築いてはならない」と繰返し指示した。馬謖は優秀な故、この指示を守らず山上に陣地を構えた。そのため敵軍に包囲され水源地を敵に奪われて水が飲めなくなり降参してしまった。孔明は他の部下の手前、指示に従わず大敗の原因を作った馬謖を、泣きながら斬らざるを得なかった。

(1)のエピソード:部下に任せればいい些細なことにまで口を出していれば、部下は自分で考えることを止めてしまう。孔明の指示を待ち、それに従えば良いと考える部下を自ら作っていた、と言える。

(2)のエピソード:馬謖ほど優秀であれば、山上の陣地が危ないことに自分で気付けたはずだ。しかし孔明馬謖に対しても才能を信じていないかのように初歩的なことまで指示している。馬謖にすれば自分を信じて任せてくれないことに天の邪鬼になり、「戦略を逆にしても勝てることを見せてやる」とムキになったかもしれない。自分に自信があり優秀な人間ほど、事細かに指示されることが嫌いだ。自分が考える前に指示を出されてしまっては、功績はすべて指示を出した人間のものになってしまう。孔明馬謖自ら危険性に気付き戦略を立てるように仕向けるべきであった。

これらのエピソードから分かることは、孔明から見れば、どんな優秀な部下であっても自分の判断より劣っているように思えたのであろう。だから全部自分で判断し「最良の判断」に仕上げずにはいられなかった。

蜀から人材がなくなったのではない。孔明が蜀から人材を消してしまったのだ。孔明は「自分がやったほうが早い病」にかかり、見事な「指示待ち人間製造機」になってしまった。

部下が失敗したときにどう接するか?それによって指示待ち人間が作られてしまう。失敗した時にそれを責めると、次からは指示どおりにやって叱られないようにしようとする。こうして、立派な「指示待ち人間」がどんどん製造される。

 

その他、この本で特に印象に残ったことを記録に残します。

・上司の非常識な六訓

 ①部下ができたら楽になろうと思うなかれ

 ②上司は部下より無能で構わない

 ③威厳はなくて構わない

 ④部下に答えを教えるなかれ

 ⑤部下のモチベーションを上げようとするなかれ

 ⑥部下を指示なしで動かす

・私たちはともすると、「上司は部下よりも優秀でないといけない。部下に負けてはならない」と思い込み、部下をライバル視して競争してしまう。しかし上司は部下と能力を争ってはならない。自分より優秀な部下を使いこなすのが上司の醍醐味。部下から尊敬されることを望むのではなく、まずは自分から部下を尊敬すること。そうすれば自然と部下も自分を尊敬してくれる。

山本五十六の言葉

「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば、人は動かじ」ここまでは有名、実は続きがある。

「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」

有名な最初の言葉から、上司たるもの部下に見本を見せる必要がある、と思いがちだが、山本五十六も部下を承認しその能力や才能を認めて尊敬することの大切さを説いている。

・部下のモチベーションを上げようとしてはならない。苗を伸ばそうと引っ張れば根が切れてしまう。(助長※)モチベーションも無理やり引っ張り上げようとすれば、逆に部下のやる気を削いでしまう。モチベーションを上げようとするのではなく、削ぐ原因を排除することに注力することが大事。

※助長:中国の故事

孟子が弟子に語った「昔宗に生真面目な農夫がいた。彼は苗の成長が遅いのを心配し、成長を助けようと全ての苗を少しずつ引っ張った。それを知った息子が畑に走ったが、既に苗の根は切れ枯れてしまっていた」人は成果を焦って、元も子もなくしてしまうこと、の諌め

・創意工夫をする、つまり未知のことを知るためには仮説思考が重要になる。仮説思考とは「観察」→「推論」→「仮説」→「検証」→「考察」の順で考えること。人が生まれながらに実践している思考方法である。ところが、小学校に入り「既に答えは何処かにあり、それを覚えることが勉強」と思い込まされてしまうことで忘れてしまっている。

・部下に質問しながら、部下に考えてもらい、一緒になって部下の思考を深める。これはソクラテスの対話術として知られる「産婆術」そのもの。「産婆術」とは、相手の出した論説や概念を質問を重ねることで吟味しつつ、当人の意識していなかった新しい思想を生み出させる問答法をいう。

言い換えれば、「自らでは知恵を産む力はないが、他の人々がそれを助けて知恵を産む」ということ。ソクラテスは、この方法を母の仕事であった産婆に擬えて産婆術と呼んだ。

・知識とは、知と知の織物

記憶しようとすればするほど覚えられない。直ぐに忘れてしまう。最小限だけ覚えようとするほど覚えられない。記憶は、それ単体では引き出しにくい。様々な関連する記憶とともに覚えることで脳に定着し引き出すことも容易になる。まさに記憶(知)は、知単体で存在するものでなく、知と知が織り成す織物として存在する。

・ペルソナ:私たちは意識するしないに関わらず、地位や役割、場面に合わせて態度や行動を変える。つまり「役割を演じている」、これがユングが提唱した「ペルソナ」

もとは古代のローマの古典劇において演者が身につけていた仮面のこと。つまり私たちはふだんの生活の中で「仮面」をつけて暮らしている、ということ。

部下が期待に応えてくれない時、私たちは自分の気持ちを納得させるため「こいつは怠け者、どうしようもない奴」などのレッテルを貼って諦める。このとき上司の深層心理では部下に報復するためにレッテル張りをしている。すると部下は対抗するために、あるいは自分の内面・心を守るためにペルソナを被る。レッテル張りとペルソナ、上司と部下の報復合戦が始まる。

・「信頼している」と言って「期待」を押し付けてはならない。「信頼」と「期待」は別物。信頼は無償であるが、期待は見返りを求める。

・成果や成績のような外面を褒めてはならない。単にプレッシャーを与えるか、間違った優越感を与えることになる。

工夫や努力、苦労などの内面・プロセスを褒める。そうすればさらに改善しようというように改善意欲が湧いてくる。

・複数の部下に対する接し方には、シュタイナー理論が参考になる。シュタイナー理論とは、ドイツの心理学者シュタイナーが唱えた子育て理論。一言で言えば「公平な偏愛」。一見矛盾する言葉であるが、複数の子供がいる場合、目の前にいる子供に対して「あなたが一番好きよ」と接し、全員にそう思わせること。これにより子供たちは満ち足りた気持ちになり豊かに育つ。

・「叱りつけ恐怖を与えないと部下は動かない」という考えを持つ上司も多い。特に平社員時代優秀だった人、体育会系の縦社会で育った人に多い。このいまだに残る体育会系の恐怖により部下を動かすやり方は、日露戦争後に逃げ出す兵士に困った軍隊が、兵士を無理やり引き止める方法として採用したもの。兵士に考えることを止めさせ指示に従う従順な人間を作り出す手法。したがって恐怖による指導から自分で考える部下は絶対に育たない。

 

結局、「自分の頭で考えて動く部下」を育てるためには、次の3つが大切だと感じた。

 ①答えを教えるのではなく部下に発見させる

 ②部下には指示せず質問する

 ③部下が失敗しても咎めない