2020.5. 2「知識経営のすすめ」野中郁次郎、紺野登

「知識経営のすすめ」野中郁次郎、紺野登

この本は、半年前に読んだ本である。少し読み返しながらポイントを備忘録的に記してみる。

<目次>

第1章 情報から知識へ
第2章 21世紀の経営革命
第3章 第五の経営資源
第4章 「場」をデザインする
第5章 成長戦略エンジン
第6章 創造パラダイムの経営

まず、この本を読むうえで一番のポイントは次のような定義というか視点だと思う。

「ナレッジワーカー」とは、いわゆる「間接部門」としてのホワイトカラーではなく、価値を生み出す「直接部門」としての人や組織である。

以下に各章ごとのポイントをまとめる。

 

第1章 情報から知識へ

・知識の経済的特性

(1)減らない 

 知識は財として使っても減らない。逆にノウハウや特許などは「使わないと減る」=陳腐化する

(2)移動できる

 知識は人的ネットワークによる共有、あるいは人と共にその境界を越えることの出来る移動性の資源である

(3)使うは創る

 生産と使用が分けられない。活用と生産が同時に行われる。知識を創造する人と使う人が役割分担で完全には分けられない。つまり相互作用で知識が生まれるということ

ここから顧客は消費者でなく知の生産者という観点が重要になる

(4)意味の経済

 知識は新しい組み合わせ、または分類によって意味が変わる。製品やサービスにどのような意味を与えられるかで業績や事業価値が左右される

・知識資産は測定できない。が、時価総額の大きさを知識資産の市場からの評価として捉え、有形資産との比で代替的指標の一つにすることはできる。ブランドも知識資産の一つである。

 

第2章 21世紀の経営革命

あらためて知識経営とは何か、それは

「知識に基づく経営、つまり戦略・組織・事業など、経営のあらゆる側面を知識という目でとらえ実践する考え方」

・現在の産業を動かす基本的欲求は、物質的でなく、知的・情緒的欲求である。

・日本では、「日本的経営」と呼ばれた終身雇用などの仕組みによって間接的に組織内の個人の知識を維持・活用できるシステムを構築してきた。しかし、それでは対応できなくなってきている。

・知識から価値が生み出される。価値が生み出される際には、知識が「創造され、共有・移転され、そして活用される」、このプロセスを通じて知識から価値が生まれる。

・こうして価値を最大化するための「プロセスのデザイン、(知識)資産の整備、(情報システムなどの)環境の整備」といった一連の経営活動が必要になる。そしてこの活動を進めるための組織構造も重要になる。

ナレッジマネジメント四つのタイプ

ナレッジマネジメントの多くは、知識資産の共有から始まる。基本的には個人レベルの知を組織的に集結・連結して活用し、その単純な総和以上のものを発揮しようとするのが狙い。これらは二つの軸で分類できる。

①目的という軸による分け方・・・「改善志向」か「増価志向」か

②手段による分け方・・・「資産集約志向」か「資産連携志向」か

「改善」とは、知識資産を共有、活用して業務運営効率などを高めること

「増価」とは、知識資産からの収益創出、あらたな価値の増分が目的

「資産集約」とは、分散している知識資産を組織的に集約すること。この場合知識資産は「形式知」が中心になる

「資産連携」とは、知識資産を共有するため組織内外での様々な知識ワーカーや顧客との関係性やネットワーキングに努力を払うこと。この場合の知識資産はいわゆる「暗黙知」まで含めた話になる


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図 ナレッジマネジメントの4つのタイプ(「知識経営のすすめ」から引用)

 

以上の二軸の組み合わせから次の4タイプが出てくる。

(1)ベストプラクティス共有型(改善×集約)

 ・過去の問題解決法の共有

 ・業務の重複排除、ベストノウハウ複製による時間、コストの削減

(2)専門知ネット型(改善×連携)

 ・社員、専門家の知識のディレクトリー化

 ・適材、適所、適時に結合

(3)知的資本型(増価×集約)

 ・知識資産を把握、活用、展開するための分類の組織的方法

 ・ポートフォリオフレームワーク

(4)顧客知共有型(増価×連携)

 ・顧客との知識共有、知識提供の場づくり

知識経営責任者(CKO)の役割

①知識問題の早期発見

②対処的ナレッジマネジメント・プログラムの提言・指導・実践

③戦略的に意義のある知識資産の継続的開発

④知識経営に適した情報環境などへの支援

⑤経営戦略に相応しい知識戦略と組織文化の醸成

 

第3章 第五の経営資源

知識とは「信念」である

・まず、知識は情報ではない。知識は、私たちにとっての行動指針、問題への処し方、判断や意思決定の基準、さらには生きるために必要な実践的方法といったものとして存在する。

・知識には少なくとも二つの部分がある。日本語も「知」と「識」の二語からできている。ひとつは、「何々すればこうできる」という方法論的なもの、いわば「知」に当たる部分。もうひとつは、材料とか特定の事物について博識であること、「識」に当たる部分。

・知識とは、個人や組織(集団)が認識・行動するための、道理にかなった秩序(体系・手順)であるといえる。「行動のための能力」という知識の定義もある。

・知識とは、「正当化された真なる信念」、つまりその知識を持つ人にとっては、これまでのところ正しい、「真」だと、そのように信じていること、だといえる。

・一般的な区分でいうと、「データ」、「情報」、インテリジェンス」、「知識」、「知恵」といったピラミッドになっている。

「データ」は数値、記号

「情報」はデータから構成された意味や意義

「知識」はそうした情報を認識し行動に至らしめる秩序

「知恵」は知識を現実に適応させて得られた成功事例集…

ドラッカーは、「知識は基本的に人間依存、人間の頭・体の中にある」と考えていた。したがってインターネットでは知識を流通させることはできない、知識ワーカーがインターネット経由で活用するのは情報以外のものではない、ということになる。

・知識には「人間の中にある」面と、情報のように「流通できる」面の二つがある。これが情報と知識の境目の曖昧さになっている。

・一般的に知識は、「個人的で主観的」と「社会的で客観的」という二つの側面に分類できる。哲学者M・ポラニーは、「暗黙の語りにくい知識(暗黙知)」の側面を、「明示された形式的な知識(形式知)」に対するものとして提示した。

・人間は、この二つの形態で知識を有しているからこそ、能動的に生きることが出来る。基本となるのは暗黙知であるが、この暗黙知には最大の問題がある。それはその知識を持っている本人自身が体系的に理解できない、場合によっては知識を持っていることを「知らない」ということ。言語化できないから暗黙知と呼んでいるのではあるが…

言い換えれば、私たちは「語れる以上のことを知っている」ともいえる。

知識創造のプロセス

知識創造のプロセスは、暗黙知形式知からなる相互作用で説明される。つまり、主観的で言語化・形態化困難な暗黙知と、言語または形態に結晶された客観的な形式知の相互変換であり、その循環的プロセスを通じた「知識の質・量の発展」である。

「SECIモデル」・・・四つの知識変換パターン

①共同化 暗黙知をもとに新たに暗黙知を得るプロセス

 ・接触、場、経験の共有 →新たな知識を体感する

 ・歩き回り経営、フェイス・トゥ・フェイス

 ・「暗黙知の蓄積」「暗黙知の伝授や移転」

②表出化 暗黙知をもとに新たに形式知を得るプロセス

 ・イメージや情感、思いを、言語や図像に表す

 ・暗黙知から形式知への変換、翻訳

 ・個人と組織の相互作用関係が重要

③結合化 形式知をもとに新たに形式知を得るプロセス

 ・形式知の結合(すでにある形式知から新たな形式知を生み出す)

 ・他部門、外部からの形式知の獲得、総合

 ・意味情報の共有だけでなく、周辺の文脈を共有することが重要

 ・グループ間、部門間が基本単位

④内面化 形式知をもとに新たに暗黙知を得るプロセス

 ・内面とは自己の内面、形式知暗黙知にするプロセス

 ・組織的に形式化された知識を自分自身のものとして採り入れること

 ・行動、実践を通じて身体化すること OJTやノウハウ研修など

こうしたプロセスは一回切り回転するのでなく、組織の業務において、日常的にスパイラル状に繰り返されることが肝要

・SECIでは、個人に発し、個人に帰るというプロセスが螺旋的に繰り返される。

 当初の自分の想いが、共体験(共同化)を通じて言葉になり(表出化)、コンセプトになる。それが集団に共有される(結合化)。

さらにそれが正当化され、、スペック、マニュアルに展開され、組織の”知”になる。

それを実現するために、すべての人が実践を通じて、この”知”を自分のものにする(内面化)。

この一連のプロセスを通じて個人の存在は一周り二周りも大きくなっている。

ここでは個と組織は、従来の経営の概念における対立項ではなくなる。

・知識は「真・善・美」を追求するものである。

 ・多くの企業では、組織内に必要な知識が断片化して存在している。それらの知識は、適切な時と場に配置されていなかったり、組織の「壁」によって共有が阻まれている。

・知識は、社員個人に属していたり、顧客のうちに構造化されない状態で存在したりしている。また、社員個人ではなく、集団や人の「つながり」がそうした知識を持っているかもしれない。「トラスト(信頼)」や「ケア(配慮・思いやり)」といったものも「つながり」の中に存在している知識資産だといえる。

・資産というものは、そもそも「事業活動に供されるものであり、利益の創出にとって不可欠な、企業独自の財産」である。

・知識資産の分類には、次の三つの方法がある。

 ①構造的分類 「知識資産はどこにあるか」を見るための枠組み

 ②機能的分類 「どんなタイプの知識資産か」といった視点

 ③意味的分類 その企業の「知識ビジョン」やコンピタンスに基づく

①構造的分類

市場知識資産(市場・顧客知)…企業が市場活動をつうじて獲得蓄積した資産(市場知)

・組織的知識資産(組織・事業知)…個の知識ワーカーあるいは組織として獲得蓄積した資産(組織知・人間知)

・製品ベース知識資産(製品・科学知)…製品(モノ)にまつわる知識資産(製品知)

②機能的分類 

・経験的知識資産(経験・文化・歴史)…経験として蓄積・共有された独自の知識資産[暗黙知の占める割合大]

・概念的知識資産(コンセプト、ブランド、デザイン)…知覚・概念・シンボルなどの知識資産

・定型的知識資産(ドキュメント、マニュアル、フォーマット)…構造化された知識資産[形式知の占める割合大]

・常設的知識資産(実践法、プログラム、ガイド、教育システム)…組織的制度、仕組み、手順で維持された知識資産

③意味的分類

・これには定型的な分類はなく、ケースバイケース。ただし、それは企業の知識に対するビジョンやコンピタンス、知識ワーカーの業務についてのメンタル・マップなどを前提としている。

・「図書館的」分類、ヒエラルキー型分類、要因分解型分類などがある。

・知識マップは、視覚化された系統樹、ネットワーク図などによって表現することが可能。知識マップは、企業がその知識資産を把握し活用する際のガイド、あるいはナビゲーターの役割を担う。

知識経営のダイナミクス

知識経営の基本的枠組みは、「知識資産活用プロセス」と「知識創造プロセス」を「場」を介してダイナミックに連動させることにある。この知識経営のダイナミクスは、単なる形式知の共有や情報検索の仕組みといったものからは生まれない。暗黙知も含めた組織的な意識付け、組織のデザイン、すなわち「場づくり」によるところが大きい。

 

第4章 「場」をデザインする

・「場」とは次のように定義できる。

 共有された文脈、あるいは知識創造や活用、知識資産記憶の基盤(プラットフォーム)になるような物理的・仮想的・心的な場所を母体とする関係性

・なんの事かわからないが、ここで重要なのは「文脈」と「関係性」。みんなが集まって知を創る、その場のこと。

・ここでいう「文脈」は英語で言うと「コンテクスト」、その場にいないと分からないような脈絡、状況、場面の次第、筋道などを意味している。それにその場に関わる人々の関係性。これらが、組織やコミュニティの個々人が集う場所、情報を交換するような場所(仮想空間も含めて)において形成される。それが知識の共有や創造にはなくてはならないものである、ということ。

・場が重要なのは、知識が物質的な資源とは異なり、無形だから。知識は状況、場面、空間との結び付きが大きい。知識という資産を活用するには、ある空間の、ある時点にそれが使えるようにしないといけない。この「場」という、時間・空間・人間の関係性において、知識が共有され、創造され、蓄積され、活用される。

知識資産の活用プロセスと知識創造プロセスをダイナミックに結びつけ、連動させるための媒介となるプラットフォームが「場」である。

・ここで使われる「場」で重要なのは、物理的空間よりは社会的な関係性、人々やグループ内で共有される知識の文脈である。したがって日本語の「職場」として使われる「場」に近い。

・「場」は「経験の生まれたところ」として理解される。「場」は知識の成り立ちと深く関わる。知識には、暗黙知形式知の両面がある。暗黙知は身体的・感覚的な環境との交わりから生まれ、身体的共経験を介して伝達される。したがって暗黙知は本質的に「場」とは切り離せないもの。形式知はその暗黙知から言語化される。知識がこうして生まれる形式知暗黙知の双方によって成り立つなら、知識の活用や創造にとって「場」は根本的要素となる。

・知識の根っこは主観的な暗黙知で、それを形式化、構造化した形式知まで含めて、知識は極めて人間依存のもので、それは情報とは異なる。

・知識は、知識が持つ文脈、状況を補うことで外部に伝達したり、記録したり出来るようになる。

・「場」にはSECIに沿って四パターンある。

①共同化:創発

 「個」と「個」の対面、共感、経験共有が基礎になる。「物語」「エピソード」「手柄話」といった情報交換が暗黙知の共有・移転を促す。こうした物語を誘発する「劇場性」(演出)が求められる。

・場所が暗黙知を共有させる媒介としてデザインされていることは、場の空間として重要である。これは「アフォーダンス」の概念にも関わる。アフォーダンス知覚心理学のJ・ギブソンが提唱したもので、「環境の中には人間の行動を誘発するような情報が含まれている」という視点。たとえば、ゆったりとした大地の窪みは、私たちを横にならせるように「誘う」。これはその場所がそういう「身体文化的」な情報を有しているからだという考え方。

②表出化:対話場

 概念創造の場。各自が暗黙知を対話を通じて言語化・概念化していくための場。ここでは、メタファーや、概念抽出の方法論などが有効になる。

③結合化:システム場

 ここでは形式知を相互に移転、共有、編集、構築する機能が重要なエッセンスとなる。

④内面化:実践場

 形式知暗黙知として取り込んでいくための場。たとえば学習の場、企業大学のような研修のための場といった制度的なものも含まれる。または、アドホックな場、たとえばOJTや顧客への商品説明といった場面もある。

・知識経営のダイナミズムを三つの層で考えることが出来る。①SECIプロセス ②知識資産 ③場、の三層。ここで場は、知識創造のプロセスと知識資産を結合させ、動的にするという役割を担っている。

・個々の場のパターンが、特定の知識資産と関わりを持つ。場所と記憶には関連性がある。人間の脳の働きからみても、場と知識と結びつけて活用することには意味がある。場を通じることによって、組織が暗黙知を伝達・醸成したり、共有することが可能になると言える。

・場は、文脈・脈絡、参加者の関係性からなっている。

 

第5章 成長戦略

・企業に優位をもたらすための競争と成長の原動力は、官僚的な組織やヒエラルキーの頂点に立つ戦略部門ではなくなっている。原動力は、特定のグループ、特定個人の社内外の関係、プロジェクト・チームや最前線の顧客チーム、トップ経営者間のやや私的なサークルなどにある。

ここでいう「組織」とは「知識を創造していくところ」であって、「管理」のための組織ではない。

・今までの組織は、個人の情報処理能力を克服する手段であり、そのために階層を作り、分業を作り、専門化するという理論であった。つまり、人間が越えることのできない「認知限界」を克服するために組織はあると考えられ、構造化されてきた。

・知識経営の考え方では、組織とは「自己を超越するプロセス」といえる。皆が成長したい、という共感に基づいて組織が自己超越の場となる。

・企業が知識を糧に価値を生み出すやり方には二つの面がある。

①あらたな知識を創出し、その「増分」を価値とする、知識創造・革新戦略。ここでは、個人や集団、部門が適時適所で知識創造を行えるようにすることが課題となる。

②すでにある知識を効果的に応用、活用して価値を生み出す、知識資産・増価戦略。ここでは、組織的な知識の統合が課題。

 このような組織の運営や設計に重要な切り口となるのが「場」である。

・知識経営を「知識の創造・浸透・活用のプロセスから生み出される価値を、最大限に発揮させるための、プロセスのデザイン・資産の整備・環境の整備、それらを導くビジョンとリーダーシップ」と定義した。これは言い換えれば「場のリーダーシップ」といってよい。

・マネジャーとは管理、分析、効率、構造をその成分とするが、リーダーは触媒、創造、価値、ビジョンなどがその成分である。

・ナレッジ・プロデューサーに必要な三つの資質(場のリーダーシップ)

利他的であること。知識を独占しようとしたり、他者の成果を我が物にすることはその対極にある。

「明るい」こと。否定的な考え方や感情を廃し、創造的・発展的な思考力、創造力、行動力を持つこと。すぐに「できない」を口にすることはその対極にある。

知識に対する感覚暗黙知にはなかなか言語化・形態化されないグレーゾーンが多い。こうした暗黙的側面の強い知識の内容を掴み取る動物的能力が肝要。それは「場」に関する直覚的理解といえる。

・19世紀末の企業の8割が20世紀に生き残れなかった。

・ハードに意味がないのではなく、ハードを使って何かを成す、その知識やノウハウ全体が大事で、ハードはその世界への入場券。